タラ号太平洋プロジェクト (2016-2018)サンゴ礁のユニークな生物多様性
[タラの科学探査の成果を振り返る]
タラ号太平洋プロジェクトは、2年間にわたり太平洋を航海し、魅力あふれるサンゴ礁を調査しました。 数万ものサンプルが採取され、提携研究所によって分析されました。この記事では、本記事では、こうした重要な生態系に関する成果をご紹介します。 この連載では、タラの探査から得られた主要な成果をご紹介します。
シリーズの第 1回目と第2回目を見る:
タラ号北極プロジェクト (2006-2008) 北極横断漂流航海
タラ号海洋プロジェクト (2009-2013) 目に見えない海の住人
なぜサンゴを研究することが重要なの?
サンゴってなに?
サンゴは実は「動物」で、体と口の周りに触手を持つ小さなイソギンチャクのような「ポリプ」からできています。 その体内には「褐虫藻(かっちゅうそう)」と呼ばれる共生する微細な藻類が棲みついており、光合成によって必要なエネルギーの約80%を供給し、サンゴの鮮やかな色彩のもとにもなっています。
ポリプと褐虫藻は共生関係にあります。ポリプが排出する二酸化炭素を褐虫藻が吸収して酸素を生み出し、その際に出る副産物はポリプの栄養源になります。つまり、この2つの生物は互いに利益をもたらす持続的な共生関係にあるのです。
生態系全体にとって欠かせない役割
サンゴは群体で生息し、互いに結びつくことで基盤に石灰質の硬い骨格をつくり、サンゴ礁を形成します。こうした海中の構造物は、多くの生物にとってすみかとなります。そのためサンゴは、生態系の基盤を支える「基盤種」として重要な存在です。サンゴ礁は一次生産者として機能し、生態系全体に栄養を供給しているのです。
サンゴ礁は、地球上の生命にとって不可欠な存在です。サンゴ礁は、海洋面積の 0.2% 未満しか占めていませんが、現在知られている海洋生物の 30% 以上が生息しています。いわゆる「生物多様性ホットスポット」なのです。
サンゴ礁は人間にも数多くの生態系サービスを提供しており、その価値は年間300億ドルにのぼるといわれています。雇用を生み、波の力を和らげて侵食を防ぐ天然の防波堤となり、人々の食を支える魚を育み、観光客を惹きつける存在でもあります。世界では5億人がサンゴに直接依存して暮らしています。
しかし、サンゴ礁はいま危機に直面しています。すでに少なくとも20%のサンゴ礁が死滅しており、このまま何も変わらなければ、今後数十年のうちにその半数以上が失われると予測されています。
こうした状況を踏まえ、タラ号太平洋プロジェクトが始まりました。2016年から2018年にかけての2年半、タラ号は世界最大の海洋盆である太平洋を航海し、サンゴの大規模な調査に取り組んだのです。
守るべき生物多様性をより深く理解するために
タラ号太平洋プロジェクトの最初の成果は2023年に発表されました。そのうちいくつかは、世界的な科学誌 Nature Communications に掲載されています。
研究成果は主に以下の3つの側面に関するものです。
- 探査プロジェクトのために開発された調査手法と収集データの妥当性の検証
- サンゴとその生態系に共生する微生物群を含む「サンゴホロビオント」の理解
- 環境がサンゴ礁に与える影響の分析
世界に一つの、誰もが利用できるデータベース
タラ号太平洋プロジェクトは、生態系全体を総合的に捉えるという独自のアプローチを取った壮大なプロジェクトです。
ウイルスから魚類に至るまで、太平洋全域のサンゴ礁におけるあらゆる生態系構成要素を採取・解析しました。
この生態系に遺伝子解析手法を適用することで、本調査は「環境DNA」解析に近い革新的な方法論を確立しました。
数年にわたる科学的検証を経て、約200名の研究者たちが、世界に類を見ないほど包括的で貴重なサンゴ礁遺伝子データベースを完成させました。
このデータベースには以下の情報が含まれています。
- 58,000 のサンプル
- 12,193 枚の写真
- 102 の調査地点
- 32 の島々
各サンプルには、採取時の環境情報(地理的位置、時間、採取方法など)が付記されています。
これらのデータの価値は、その網羅性だけでなく、すべての科学者にオープンアクセスで公開されている点にあります。この「サンゴ礁生態系の遺伝子図書館」とも呼べるデータベースは、プロトコルの検証完了とともに一般公開され、生のデータに加えて詳細な補足情報も提供されているため、世界中の研究者が自由に活用することができます。
タラ号海洋プロジェクトで得たデータベースは公開から15年を経た今も、世界中の科学者による研究を支え続けています。その豊かさゆえに、これまでに発表された関連論文の半数以上はタラ オセアン財団に関与していない外部研究者によるものです。
タラ号太平洋プロジェクトのデータもまた、世界のサンゴ研究コミュニティへの贈り物として、同じように長く活用され続けることが期待されています。
サンゴのゲノムの複雑性理解の向上
タラ号太平洋プロジェクトでは、サンゴ礁の微生物多様性に遺伝子解析手法を適用することで、これまでほとんど知られていなかったサンゴ礁生態系の側面を研究しています。
解析されたデータから、研究者たちはサンゴホロビオント(サンゴとその微生物群)の機能に関する多くの理解の手がかりを得ました。
まず太平洋全域のサンゴ微生物群の多様性に注目し、この微生物多様性がサンゴ種レベルで観察されている分布傾向に従うかどうかを調べました。実際、サンゴの生物多様性は「コーラルトライアングル」(マレーシア、インドネシア、フィリピンを含む地域)で最大となり、そこから西へフランス領ポリネシアに向かうにつれて、あるいは北へ日本に向かうにつれて徐々に減少していきます。
一方で、解析結果は西太平洋には東太平洋よりも多様なサンゴ種が生息するにも関わらず、西太平洋のサンゴのマイクロバイオームの多様性は予想に反し、高い多様性が見られないと報告しました。また、海水温とマイクロバイオームの多様性に、有意な関連性は見られませんでした。
・世界の微生物多様性の新たな推定
気候変動によってサンゴ礁の生物多様性が大きく失われる可能性がある中で、その多様性の変化を追跡することは非常に重要です。タラ号太平洋プロジェクトでは、各調査地点はタラ号通過時に一度だけ採取されるため、時間的な追跡は行っていません。しかしその一方で、この探査は、人間活動の影響によって劣化の程度が異なる太平洋のサンゴ礁における微生物多様性を評価する貴重な機会を提供しました。
その結果は驚くべきものでした。サンプルには28.7億の遺伝子配列が含まれており、これは以前に報告された世界規模の微生物多様性マッピングプロジェクト「Earth Microbiome Project (地球マイクロバイオームプロジェクト:グローバルな微生物 叢多様性マッピングプロジェクト)」の22億配列より約25%多い値です。このことから、地球上の微生物多様性は従来の推定よりもはるかに高い可能性が示唆されます。
研究成果はまた、サンゴと広く共生する海洋細菌の一群、Endozoicomonadaceaeにも注目しています。これはサンゴの生存に欠かせない重要な微生物です。調査対象となったサンゴの各種は、それぞれ異なる細菌種や遺伝子系統と共生しており、タラ号太平洋プロジェクトでは3種の新たな細菌種も同定されました。さらに驚くべきことに、複数のEndozoicomonadaceaeの種が存在するにもかかわらず、これらの細菌は太平洋全域に広く分布していることが分かりました。細菌の分布は主に共生するサンゴの種類に依存しています。サンゴに共生するこれらの細菌は、サンゴにビタミン、アミノ酸、タンパク質を供給します。
一方で細菌は、サンゴから分泌される分子から恩恵を得ています。この広範な細菌多様性は、今後は機能的な観点から評価されるべきであり、サンゴの生態機能や、気候変動による海水温上昇に対するサンゴの耐性を理解する上で重要な手がかりとなります。
・サンゴのストレス反応を理解するための新しいプロトコル
タラ号太平洋プロジェクトの研究成果は、単なる知見にとどまらず、サンゴの代謝物解析のために研究者が開発した新しいプロトコルの妥当性も示しています。代謝物(メタボローム)とは、生物が代謝活動によって生成するすべての分子のことで、サンゴの生物学的機能だけでなく、健康状態を知る手がかりになります。メタボロームの変化は、サンゴが置かれている環境に何らかの影響が生じていることを示す指標となり得ます。
こうした生物学的メカニズムの理解は、将来的にサンゴの健康状態の指標(健康診断のような役割)を特定するための鍵となります。
プロジェクトの貢献はここにあります。
- 代謝物はサンゴの種ごとに特有であることが確認されました。
- さらに、結果は水温に依存した変化が存在することを示しています。
- 水温が上昇すると、メタボロームの組成が変化します。
- 特に白化したサンゴでは、グリセロリピドという分子群が著しく影響を受け、極めて少量しか存在しないことが分かりました。
サンゴと環境の相互作用の理解
遺伝子プロトコルを用いることで、サンゴのホロバイオント(サンゴと共生微生物群)の機能、存在する種、それぞれの働きや相互作用をより正確に理解できるようになります。
また、広大な海洋盆規模で、非常に多様な環境条件の下で調査を行うことで、環境がサンゴに与える影響を研究することも可能になりました。
温度がサンゴの形態に与える影響
サンゴの形態は、個体の遺伝と環境条件という二つの要素によって決まります。
遺伝的要素が支配的であるほど、サンゴは環境の変化に対して耐性が高くなります。
この遺伝と環境のバランスは種ごとに異なります。タラ号太平洋プロジェクトの調査では、巨大なサンゴの一種であるハマサンゴ類は環境の影響が比較的弱いことが示されました。
一方、ハナヤサイサンゴ類は、環境条件の影響を非常に強く受けることがわかりました。
これらの傾向はすでに現地で観察されていましたが、本プロジェクトのデータは前例のない精度でこれを示すとともに、これらの観察結果の機能的理解を提供しています。
サンゴの加速した老化の可能性?
サンゴのテロメア(染色体の末端)を調べることで、これらの生物とその環境の歴史についても知ることができます。 テロメアは生物の記憶のようなもので、サンゴが受けるストレスの要因を記録しています。 また、発達プログラムや特定の病気に対する脆弱性にも関わっています。
タラ号太平洋プロジェクトの分析では驚くべき結果が示されました。
テロメアの長さは、サンゴの環境条件、特に水温によって大きく左右されるということです。
ただし種によって感受性は異なり、寿命の短いサンゴは特に水温の変化に敏感です。
サンゴの持続性がすでに深刻な脅威にさらされている中、この重要な発見は、海面水温の上昇がサンゴ全体の加速した老化に与える可能性について、私たちに考えさせるものとなります。
よりよい適応のためにパートナーを変える?
一部の結果は懸念を呼びますが、他の結果は、特定の種の適応能力をよりよく理解できる可能性を示しています。
サンゴ礁の耐性は、ホストであるサンゴ自身の耐性だけでなく、そのホロバイオント(共生微生物群)の構成にも依存しています。
温度変化に適応するために、あるサンゴのホストは、より高温に強い共生生物を受け入れるために、自身の共生生物の構成を変えることができます。
逆に、より脆弱な共生生物に固執することは、サンゴの適応能力を制限する可能性があります。タラ号太平洋プロジェクトの調査では、より暖かい地域に生息するハナヤサイサンゴが、すでに好む共生生物の変化を示していることが明らかになっています。
これらの結果はさらに多くの研究を呼び込むものであり、このデータベースはほぼ無限の研究の可能性を提供しています。
すでにサンゴの機能の理解を深めていますが、今後このデータベースは、気候変動がサンゴ礁の持続性に与える課題への新たな解答を明らかにする可能性を秘めています。
タラ オセアン財団は、このプロジェクトの遂行とその成果を可能にしたすべてのパートナーに感謝の意を表します。
フランス国立科学研究センター(CNRS)、パリ科学芸術大学(PSL)、モナコ科学センター(CSM)、高等実践研究院(EPHE)、国立シーケンシングセンター(Genoscope)、原子力・代替エネルギー庁(CEA)、国立保健・医療研究所(Inserm)、コート・ダジュール大学、フランス国立研究機関(ANR)、アニエス・トゥルブレ(agnès b.)、エチエンヌ・ブルゴワ、ユネスコ政府間海洋委員会(UNESCO-IOC)、ヴェオリア財団、モナコ公アルベール2世財団、ブルターニュ地域、ビレルードコルスナス、アメリソースバーゲン社、ロリアン大都市圏、オーシャンズ・バイ・ディズニー、ロレアル、ビオテルム、キャップジェミニ・エンジニアリング、フランス地方自治体協会、世界環境のためのフランス基金(FFEM)