タラ極地ステーション:北極海での4週間における初のドリフト試験

2025年6月、タラ極地ステーションはフランス・ロリアンを出港し、北極圏へと向かいました。その後4週間にわたり、海氷の中心部で初となる短期間のドリフト(漂流)試験を実施しました。
世界でも類を見ない「漂流型の極地観測ステーション」として設計された本船は、意図的に氷に閉じ込められることで、船体の挙動、搭載機器、科学観測プロトコル、そして極限環境下での自律的な生活のあり方を検証しました。
北極の野生動物との出会いや技術的な調整を重ねながら、この初の試験航海は、将来の中央北極海における本格的な科学探査への重要な一歩となりました。

海氷に閉じ込められるタラ極地ステーション ©Maéva Bardy

母港ロリアンを6月1日に出港し、初めての極北航海へと旅立ったタラ極地ステーションは、7月4日までスヴァールバル諸島のロングイェールビーンに寄港しました。

新たなクルーとアーティストのニコラ・フロックを乗せるための、短い停泊です。その後、船はさらに北へと進路を取りました。

数日後の7月6日、タラ極地ステーションは、海氷帯への進路を切り開くために設定された合流地点で、砕氷船ポーラーシュテルンと合流しました。
アルフレッド・ヴェゲナー研究所(AWI)が運航するドイツの砕氷船ポーラーシュテルンは、同海域での夏季ミッションの開始にあたり、1日かけてステーションが海氷の中へ進入するための航路を確保。その後、タラ極地ステーションは漂流を開始しました。

氷の中で初めて“単独”となったこの瞬間は、チームにとって魔法のようであり、同時に強い感動を伴う体験でした。
クルーたちは、この特異な環境の中で船がどのように反応するのかを少しずつ学びながら、中央北極海の壮大な景観に出会っていきます。

タラ極地ステーション
進路を開くポーラーシュテルン号を追跡するタラ極地ステーション  ©Maéva Bardy

砕氷船が切り開いた航跡は進むのが難しく、前方には大量の水と氷が押し流されていました。タラ極地ステーションはできる限りその後を密着して進む必要があり、マルタン船長は進路に神経を集中させていました。
この同行は、本格的なドリフト試験への移行を意味する重要な段階でした。主任機関士のリュックにとって、この「氷に取り込まれる」体験はまったく初めてのことでした。
これまで氷を避ける立場だった彼は、今回はあえて氷に閉じ込められる船の現実と向き合います。数トンもの氷塊が船体に打ち付けられ、その衝撃と音がステーション全体に響き渡ります。
それは、機器や船体構造にとっての、実環境での本格的な試験でもありました。

リュック・エアリオ、機関室にて ©Maéva Bardy

ロングイェールビーンを出港して以降、クルーたちはスヴァールバル諸島のフィヨルドや氷河が織りなす壮大な景観をすでに目にしてきました。
しかし、ポーラーシュテルン号の後に続いたその先で、冒険はまったく新たな次元へと踏み出します。北極のドリフト航海、冒険の始まりです。高揚感、不安、そして畏敬の念が入り混じるなか、クルー、一人ひとりが実感していました。
探検はいま、最も本質的な段階へと入ったのだと。氷に身を委ね、漂流するという段階へ。

ステーションで過ごす日々

タラ極地ステーションの船上でリアルタイムに語られる、クルーたちの日常をご紹介します。

発信地:
北緯 80°24.5’
東経 010°13’
海上にて——あるいは、ほとんど海上と言えない場所で…

「タラ極地ステーションとともに“航海する”という表現は、実のところ少し矛盾しているのかもしれません。 このステーションの本来の使命は、20年にわたって“漂流する”ことなのですから……。

それでも私たちは、ここ24時間ずっと西へと進んでいます。流氷にできるだけ近づきながら航行し、弱い風(凪)を利用して体勢を立て直しています。皆が『追い出されるのはあまりに早すぎた』と感じていた、この流氷帯の中心部へと再び戻るためです。

この新たに取り戻したダイナミズムは、船内の小さなコミュニティ全体を喜ばせていますが、とりわけ私のような船乗りたちにとっては、なおさらです。信じられないほど壮大なこの船と向き合い、発見の高揚感に胸を躍らせながら当直を共にする一方で、霧の帯や氷の壁が突然目の前に立ちはだかるかもしれないという緊張感が、常にすぐそばにあります。」

— ダニエル・クロン
副船長

海氷の真ん中にたたずむタラ極地ステーション ©Maéva Bardy

7月29日


「落ち着かない夜でした。昨日、船を海氷に係留したにもかかわらず、船の動きがはっきりと感じられました。
午前2時ごろに目が覚め、その後4時にも再び目を覚ましました。もう我慢できず、何が起きているのか確かめるために外へ出たのです。明らかに、何かが起きていました。

到着したときには、一見するとかなり安定しているように見えた海氷は、いくつもの場所で砕けていました。
新たな亀裂や水路が生まれ、より小さな氷盤が分断され、いまも漂流しています。
私たちが係留していた海氷は、ほんの一部を残すのみとなっていました。」

— ティモ・パロ
海氷専門家

8月2日

「目を覚ますと、前夜よりも“若い”氷の風景が広がっていました。より平らで、より均一です。
こうして漂流し、絶えず景色が変わっていく中で、まるで形を次々に変える庭を持っているかのような感覚になります。

眠りにつくときには、平原や、空色の水たまりが点在する湿地のような景色だった場所が、
翌日には、数メートルの高さに積み上がった氷塊が折り重なる混沌へと変わっていることもあります。

ラウンジの前には丘が生まれ、船尾の前には石柱のような、あるいは巨大なキノコのような氷が現れる。
そしてその半日後には、すべてが再び均され、平らになっているのです……。」

— リュック・エリオ
主任機関士

タラ極地ステーションでは、船上料理人のソフィー・バンがいくつもの役割を担いながら日々を支えています。
商船学校の資格を持つ彼女は、操船作業やタラ極地ステーションの各種試験にも参加しつつ、最も重要な任務である「クルーの食を支えること」を担っています。過酷な環境の中では、一食一食が心と体を整える大切な節目となります。
食事は、彼らにとって欠かせない共同の拠りどころであり、分かち合いの時間なのです。

入念な準備は不可欠です。船内には、冷凍食品、乾物、保存食を中心に、約10トンもの食料が積み込まれています。 極域環境ではエネルギー消費量が増えるため、ソフィーとキャロルは常に在庫のバランスを確認し続けなければなりません。

食料庫から冷蔵・冷凍室に至るまで、船内のあらゆるスペースが、食料や資材を安全に保管するために最適化されています。

調理中のキャロルとソフィー ©Maéva Bardy

クルーの暮らしにリズムを刻む食事

昼と夜の区別が失われる船上では、食事が時間の区切りとなり、異なるデッキで作業するクルーたちをひとつに結びつけます。

業務用設備を備えたキッチンで、ソフィーやキャロルが用意する食事は、北極の極地風景のただ中にあって、ひとときの温もりをもたらす大切な時間となっています。

生命の地としての北極

一般的なイメージとは異なり、北極は決して「何もない空白の地」ではありません。むしろ、豊かな生命に満ち、独自の生物多様性を育む地域です。また、その周辺には多くの先住民族が暮らしています。

今後の探査では、目に見えない生命や生態系の解明に取り組むだけでなく、北極海に生息する多様な生物――鳥類、キツネ、アザラシなどの海洋哺乳類、そしてとりわけホッキョクグマを対象とした観測プロトコルも展開される予定です。

北極探査で未来への影響を予測する

6頭のホッキョクグマとの遭遇

ドリフト試験が行われた数週間のあいだに、タラ極地ステーションのクルーは6頭のホッキョクグマと遭遇しました。実際には、さらに多くの個体が近くまで接近していた可能性もあります。

このように高い遭遇頻度が見られたのは、海氷の縁(リム)が、彼らにとって生息と繁殖に欠かせない重要なエリアであるためです。

タラ極地ステーションのそばによるホッキョクグマ ©Maéva Bardy

「遠くに、美しいホッキョクグマの姿を見つけました。 しばらくして再び姿を現した彼は、鼻先を風に向け、しなやかで素早い足取りで近づいてきます。

タラ極地ステーションのすぐそば、数mの距離で立ち止まり、ためらうような、表情豊かな様子を見せました。 氷板の縁に立ち、巨大な頭を水面に傾けると、左前脚で浮かぶ小さな氷を軽くたたきます。

しばらく私たちの周りを回ったあと、彼は急に身を翻し、引き返していきました。
視線の先には、氷の上でくつろぐアザラシの群れがいます。けれど、彼がたどり着く前に、彼らはきっと姿を消してしまうでしょう。
そんな光景を見ながら、毎日食べ物にありつくのは、きっと簡単ではないのだろうと思いました。」

— キャロル・ピレス
ドリフト後半に乗船した船上料理人

気候変動による海氷面積の減少は、ホッキョクグマの生存に大きな圧力を与えています。とはいえ、今回観察された個体は、いずれも現時点では良好な状態に見受けられました。今後のドリフト航海において、この漂流型極地ステーションは、北極の生態系をより深く知り、理解するための重要な拠点となります。そしてそれは、このかけがえのない環境を守っていくために欠かせない取り組みです。

北極は、地球上のすべての国、そしてすべての人々にとって共有すべき貴重な自然遺産でもあるのです。

タラ極地ステーション テスト航行マップ

極域条件下で不可欠となる医療プロトコル

試験航海の期間中、医師のソフィー・シックスは、医療搬送に関するプロトコルの統括と検証を担当しました。

想定されたのは、船の放棄訓練、負傷者を氷上で搬送する手順、そして担架で船内へ収容する一連の流れです。

「氷上や機関室内で負傷者をどのように搬送・避難させるかを、実際に学ぶため、あらゆる状況を想定しました。」

— ソフィー・シックス(医師)

目的は、迅速な救助が望めない場所であっても、命を救うことのできる実効性のあるプロトコルを試験・確立すること。

それぞれのシミュレーションは、孤立と、常に変化する海氷という現実に向き合うための、極めて実践的な学びとなりました。

また、即時の避難が不可能な状況に備え、医薬品、歯科処置用キット、救急資材などの医療装備を洗い出し、不足分を補う重要な準備も行われました。

これらの訓練は、氷上や船内機関区画での避難対応を習得するとともに、緊急時や船の放棄が必要となった場合に、全員が自らの役割を理解し行動できるようにすることを目的としています。

氷上での船の放棄訓練とテントの設営 ©Maéva Bardy

海氷域の環境とリスク

タラ極地ステーションは、北緯82〜83度の海域を漂流しながら、大型の氷盤に係留し、ハンモック(氷丘)、アザラシの呼吸穴、不安定な氷板、そして濃く青い密度の高い氷の彫刻のような構造など、印象的な氷の地形を数多く目にしました。

漂流は予測不可能です。係留索が外れたり、風やうねりによって漂流速度が加速したりすることもあり、氷上での安定確保や固定作業は常に困難を伴います。

さらに、船の至近距離まで接近することもあるホッキョクグマの定期的な出没は、この環境がいかに危険であるかを改めて示しています。そのため、氷上での活動や潜水作業の際には、常時の監視体制が不可欠となっています。

医師の役割:ロジスティクスと心に寄り添うケアのあいだで

想定される緊急事態への対応にとどまらず、医療ミッションは周到な準備に支えられています。 医療機材の棚卸、医薬品の管理、そして長期のドリフト航海に備えた外科処置用キットの整備など、極域での自律性を確保するために欠かせない作業です。同時に、極域医療は日常のケアでもあります。やけどや軽いけがへの対応、そして2か月に及ぶ閉ざされた船内生活の中で重要となる、さりげない心理的サポート。 それらすべてが、クルーの心身の健康を支えています。


人と人が支え合う、共同の冒険

この経験は、よく組織された共同生活がいかに重要であるかを浮き彫りにしました。
クルー、一人ひとりがチームとして働き、互いを信頼し、氷という制約の中で適応していくことを学んでいきます。船医のソフィーにとって、この航海は医療面での挑戦であると同時に、連帯と集団としてのレジリエンス(回復力)を学ぶ貴重な体験でもありました。

今回の試験航海は、あくまで序章にすぎません。 今後予定されている16か月間の本格的なドリフトでは、長期にわたる暗闇と孤立がクルーを包み込みます。 そこでは、人間的・医療的な課題はいっそう大きくなり、強いレジリエンス、自律性、そして絶え間ない注意と見守りが求められることになるでしょう。

タラ極地ステーションのチームメンバー ©Maéva Bardy

「朝になると、みんな一斉に動き出します。
この時間は、2〜3人ずつのチームに分かれて行う清掃当番の時間です。全員が順番に担当し、毎日この小さな“浮かぶ避難所”を大切に手入れしています。

すべてのデッキで掃除機の音が響き、サニタリーではスポンジが忙しく動きます。
誰もが進んで作業に加わり、音楽が船内のあちこちに流れています。」

— リュック・エリオ
主任機関士

氷の下へ潜る:唯一無二の初体験

北緯83度、タラ極地ステーションの船上で、アーティストのニコラ・フロックは、人生で初めて海氷の下へのダイビングを体験しました。

不安と驚嘆が入り混じるなか、彼は、氷を透過する光が差し込み、無数の青や緑のグラデーションが海の物語を語る、ほとんど知られていない世界へと足を踏み入れていきます。

気候を映し出す「水の色」というサイン

彼の制作は、水深5メートルごとに自然光のみで撮影した写真によって、最大100メートルまでの水の色の変化を記録することにあります。

こうして生まれる「色のコラム(柱)」は、北極の姿を写し取った真のドキュメンタリー・ポートレートとなり、漂流や海氷の融解、植物プランクトンのブルームに伴う変化を雄弁に物語っています。

ニコラ・フロックとエストニア人のティモ・パロが流氷上で水サンプルを採取している ©Maéva Bardy

「航行の進行にあわせて、これらの風景の変化を記録してきました。そしてドリフト初日の7月7日から、水の色に関する制作を始めました。
移動速度にもよりますが、毎日1〜2本、海面から水深100メートルまでの“色のコラム”を制作しています。

その結果、北緯83度から82度のあいだで、23本のコラムからなる最初のグリッドが生まれました。これは非常に特別なシリーズになるでしょう。
最初のコラムには、深く澄んだ“北極の青”が現れていますが、6日目以降、水深30〜60メートルのあたりに植物プランクトンのブルームが現れ始め、徐々に表層へと上昇し、やがて海氷帯を抜けるとともに消えていきます。

しかし、このグリッドでもっとも特異な要素は、間違いなく海面の氷でしょう。
グリッドの最上段には、この白く、常に変化する氷の覆いが現れるはずです。

この最初のシリーズは、今後2〜3週間以内にまとめて、皆さんにお送りできると思います。
ムーンプールは、水の色を記録する作業にとても適しています。」

— ニコラ・フロック
タラ極地ステーション・レジデンス・アーティスト

比類なき人間的・科学的冒険

芸術的探究にとどまらず、船上での体験は深く共同的な冒険でもありました。
氷に身を委ねて漂流するために設計された船で、11人が2か月間、閉ざされた空間をともに過ごしたのです。月面のような風景、海氷の脆さ、そして氷が見せる驚くべき可塑性。
ニコラは、この旅が科学への没入であると同時に、きわめて特別な人間体験であったことを強調しています。

[タラ極地ステーション]

テスト漂流と北極のアーティスト:ニコラ・フロック

今回のドリフト試験では、実際の環境下で一連のテストが行われ、以下の点が検証されました。

この試験航海は、将来の本格的な極域ドリフト観測に向けた、重要な準備段階となりました。

ステーション船上での火災訓練  ©Maéva Bardy

「今回の試験結果は、全体として非常に良好です。プロトタイプである以上、まだ最適化すべき点や、見直しが必要な課題はいくつかありますが、それは想定内のことです。
しかし、このタラ極地ステーションが“まさにその目的のために設計された”性能を十分に発揮できることが確認できました。とりわけ、通常航行時の挙動、そして何よりも海氷の中での挙動は、非常にポジティブな驚きでした。」

— マルタン・エルトー
タラ極地ステーション 船長

ドリフト試験のあと、船は北極の未来をめぐる対話と国際協力のための最大規模の国際会議「アークティック・サークル」に参加しました。

その後、昨年末にはフィンランドで第2段階の試験をし極寒の冬季条件下における船の性能を検証しました。そしていよいよ今年、初の本格的な科学ドリフト航海 「Tara Polaris I」 が始動します。

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