公海:国際水域の未知の生物多様性をどう守るか?

2023年2月20日から3月3日まで、「国家管轄圏海域外の海洋生物多様性(BBNJ)」の次回の、望ましくは最後となる協議がニューヨークの国連本部で開催されます。タラ オセアン財団は、10年以上にわたり、公海の生態系の保全不足を補うため、そして大自然のバランスにおける生態系の本質的な役割をより理解するために活動しています。

ニューヨークに到着するタラ号(タラ号海洋プロジェクト)©Vincent Hilaire

公海とは何か?

私たちの環境を構成する一部であり、また別の世界でもある
ロベルト・カザーティ(Roberto Casati)/哲学者

人間の海洋空間に対する概念には、歴史上、常に自由と無限という観念が伴ってきました。17世紀、オランダの法学者フーゴー・グローティウスは、大洋はあらゆる国家主権から逃れた自由で無限の空間に相当するという先駆的な定義を示します。

しかし、漠然とした概念を超え、人間と海には感情的なつながりがあります。誰もが畏怖や幻想、独自の海のイメージを持っている一方、本や歌や映画作品、伝説や神話で語られる想像力豊かに描かれた海もまた、人間のもつ共通の文化です。

海洋空間における国家間の関係を規定し、海上での活動を規制する海洋法の構築は、沿岸域における国家の責任に基づく法的枠組みを徐々に作り上げ、1960年代に最初の国際定義が適用されました。こうして、国家の役割が複数の協定によって制度化されていく中、特に、各国が主権を行使できる領海の概念が形作られていきました。

1982年、モンテゴ・ベイで、海洋の法的秩序の根幹を成す「海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)」が締結されました。この条約により、公海は、「国の排他的経済水域(EEZ)を構成する沿岸から200海里(約370キロメートル)の範囲より外側にある海」という現代定義を獲得します。公海に定義された広大な空間は、海洋面積の約71%、地球の表面の50%以上に相当します。

海洋法制度をめぐっては今もなお見直しが続いています。一部の国は、自国の大陸棚の「延長性」を根拠に、排他的経済水域を越えて海底や地下資源を探査・開発・保全する権利を主張する可能性を探っています。その最たる例は北極圏で、各国の主張が交錯し、未だ共通認識が確立していません。

地球上の生命に不可欠な共有財産

「海洋法に関する国際連合条約」は1994年に発効し(国際条約ーこの場合は1982年ーの締結からその適用までには適応期間が必要)、公海は国際法に組み込まれ、効果的な法体系の中で定義されました。しかし、この条約は、海域の利用や国際航行、海底の探査に関するルールを定めてはいるものの、生物多様性を保護するものではありません。したがって、この条約は人間の活動を規制するのみで、生物の保護には至っていません。

1973年当時、条約を作成していた専門家や意思決定者たちは、一見無限に広がっていて何もないように見える外洋に、実は豊かで欠かすことのできないプランクトンの生物多様性が存在すること、しかし、それらは微小であるためほとんど目に見えないものであることをまだ認識していませんでした。このプランクトン生態系が海洋生物の70%以上を占めていることがわかったのは、20世紀末のことです。海洋プランクトンは、青い地球上のすべての生物にとってきわめて重要な炭素の吸収や酸素の生産を担うなど、多くの生命プロセスの源です。

科学の進歩に伴い、海のバクテリア、ウイルス、原生生物、藻類、小型甲殻類などの微少な生物がきわめてもろく、気候変動、乱獲、さまざまな環境汚染の影響を受けていることが分かってきました。公海はもちろん、地球全体に深刻な影響を及ぼしているのが人間の活動(汚染、気候変動など)によるものであることは明白で、集中漁業、海底探査、海上輸送などの活動は、外洋であっても規制または制限する必要があります。私たちの社会のシステムが持続可能でないことに気づき、グローティウスの唱えた概念を実情に合わせて修正すること、海が人間が排出する廃棄物を無限に吸収し、過度な開発も許容してくれると考えていた海との関係を改めることが、不可欠なのです。

カイアシ ©Maéva Bardy

国家管轄圏海域外の海洋生物多様性を条約に

[2003年~2013年] 拘束力のある国際条約に向けた最初の一歩

こうした気候や生態系の危機が深刻であるという認識のもと、2003年頃から、公海における海洋生物の保全対策を盛り込むことを目的としたモンテゴ・ベイ条約の補完文書を提案するための対話が始まりました。2006年には、国連で、国の管轄を超えた海洋生物多様性に関する国際条約を提案するための非公式の討議が開始されました。この条約は「国家管轄圏海域外の海洋生物多様性(BBNJ:Biodiversity Beyond National Jurisdiction)」と呼ばれ、その後、国連の中で長い協議の道のりを歩み始めます。

国際機関の舞台裏では、海洋資源の開発への金銭的代償という難題に、いくつかの国が率先して協議を開始し、枠組みやテーマを提案し、道を切り開こうとしてきました。2011年、EUとブラジル、南アフリカ、コスタリカなどの数カ国は、4つの軸で構成されたパッケージ草案に合意しました。

  1. 海洋遺伝資源の管理と利用
  2. 海洋保護区を含む地域ごとの保全手段
  3. 公海上での活動に対する環境影響評価
  4. 能力開発・技術移転

以来、「国家管轄権の及ばない地域の海洋生物多様性の保全及び持続可能な利用に関する国連海洋法条約の国際法的拘束力のある文書に関する政府間会議」という名称を冠し、草案文書は内容を構造化させます。

同文書は2011年に、ブラジル・リオデジャネイロで翌年開催される「 国連持続可能な開発会議 」(「 リオ+20 」)の準備セッションの一環として発表され、2012年の「 リオ+20 」ではこの文書が承認され、2013年に国連での協議が開始されることになりました。

「 リオ+20 オーシャンズ・デイ」に登壇するロマン・トゥルブレ

[2013~2023年] 協議の10年間/国益を超えた歴史的条約の合意を、2023年に

2013年以降、各国は国連で、2011年につくられた難しい草案に関する協議を続けてきました。多国間条約に伴う多くの作業を経て、進展は段階的に現れていきました。2015年までの非公式会合による、将来の条約の目的と枠組みの合意。2015年から2017年にかけての準備会合では、意見の違う国による保留もありました。最終的には、将来の条約の草案を起草・承認する政府間会合を立ち上げる2017年12月24日の決議に至りました。 

このように、最も重要と思われるテーマであっても、国連内の正式な採択には、長い時間が必要です。この条約の根底にある問題は実に複雑で、各国がもつ政治的な相違点の調整を避けて通ることができません。例えば、漁業国であるアイスランド、スペイン、日本は、この条約の対象から漁業を除外する方向に協調した姿勢を見せています。発展途上国や、特に後発開発途上国は、研究のための資金援助の義務付けを設定したいと考え、いっぽう先進国には、海洋遺伝資源に関する自国の企業や特許を守りたいという意図があります。また、ロシアや中国、南半球の大国は、戦略的地域に対する主権を行使するため、海洋保護区(MPA)を新たに設定することに拒否を示しました。さらに、これは拘束力のある国連条約であるため、地域の海を管轄する各機関は、特定の地域に対する自分たちの権限を守るために、条約の範囲を最小にするよう強く求めています。

新型コロナウィルスの影響で停滞したものの、5年間にわたる会合を経て、整理された草案が合意に至るときを待っています。2022年8月の第5回会合では、デジタル遺伝情報の位置づけ、海洋保護区の定義プロセス、途上国への研究資金の問題など、意見の隔たりが大きい難題を解決することができませんでした。しかし、私たちはあと一歩のところまで来ています。2023年は、モンテゴ・ベイ条約が作成されてから50年目にあたります。各国の国益を脇に置き、世界中のため、そしてあらゆる生命と生活を守るため、地球の半分を占める公海を共通財産として保護する方法を設定するのに全力を尽くすべき時です。

タラ オセアン財団のBBNJ協議への参加

公海の理解と保護:タラ オセアン財団の取り組み

タラ オセアン財団は、20年にわたり、公海での科学的探査を続けています。パートナー研究機関とともに科学探査船上で培ってきた知見によって、私たちはこの条約の作業の当初から、生物多様性の議論に参加してきました。

2010年、科学探査船タラ号は、海洋プランクトンの多様性に関して革新的・学際的な探査プロジェクトであるタラ号海洋プロジェクトの航海の真っ最中でした。その年の10月、タラ号は、2年後の環境会議を成功させようという意欲に燃えていたブラジルのリオデジャネイロに寄港した際、リオ市長から、「国連持続可能な開発会議」(リオ+20)で海の問題に取り組む大使役を依頼されました。そして、2012年1月にニューヨークに寄港し、当財団の国連での活動が始まりました。ニューヨークでは、潘基文(パン・ギムン)国連事務総長がタラ号に乗船し、船員や研究者たちと対面しました。潘基文事務総長は、公海に関する協議の重要性を強調し、当財団に協議への参加を呼びかけました。こうして、タラ オセアン財団はリオ+20でブルーパビリオンを企画し、海や特に公海に関するさまざまなイベント、プレゼンテーション、上映会、ディスカッションを開催しました。

ニューヨークに寄港したタラ号に乗船する潘基文氏(タラ号海洋プロジェクト)©J.Girardot

2013年、国連はタラ オセアン財団に特別オブザーバーの地位を与え、同年ニューヨークの国連本部で公式に開始された協議に参加することを許可しました。私たちは、初参加の協議のその時から、公海におけるプランクトンの重要性と役割を協議担当者や各国大使に理解してもらうためには、相当の努力が必要であることを実感しました。

パートナーの研究者たちの協力を得て、当財団は国連でのほぼすべての協議に出席し、欧州連合、フランス、ブラジル、モナコ、チリの代表団と緊密に関わりました。科学と国連専門家の間の接点にいる私たちは、世界全体に通じ、歴史的かつ各国が団結できる合意が見つかるはずだという熱心な訴えを展開し、国際的な研究を支援する必要性を呼びかけました。外洋の研究には、国際的で信頼性が高く、社会に対して協力的で開かれた科学が必要不可欠だからです。また、発展途上国を含めて、若い研究者を育成するためには、データ・情報の共有が利害関係なく寛容なものでなければなりません。

合意の実現に向けて

タラ オセアン財団は、2023年2月20日から3月3日までニューヨークの国連本部で開催される次回の協議に出席します。当財団は、協議開始以来、私たちが抱いてきた希望をしっかりと反映させた内容に、各国が合意することを望んでいます。

合意に達すれば、また新たな多くの作業が始まります。協議は現在、条約の正式な採択を目指しており、これに各国が正式に署名すること、つまり批准が必要です。迅速かつ世界が団結した批准に向けて、私たちは訴えを展開する努力を続けていきます。

国際舞台での政策提言
沖で魚を捕る海鳥 ©Pierre de Parscau

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