ワンヘルス:人、その他の動物、植物、生態系の健康との間にどのようなつながりがあるの?
ワンヘルス(One Health/ひとつの健康)の概念は、人間、動物、植物、そしてそれらを取り巻く環境の健康の相互作用を考慮する、包括的(ホリスティック)な健康観にもとづいています。このアプローチを理解することは、この壊れやすいバランスをよりよく把握し、家畜感染症や人獣共通感染症、気候変動、汚染、食料危機といった変化に対して、より適切に行動することにつながります。
ワンヘルス(ひとつの健康)って何?
世界保健機関(WHO)は、ワンヘルスの概念を、「健康は多面的なものである」という考えにもとづく、統合的かつ包括的なアプローチとして定義しています。もともとは、動物の健康が人間の健康に影響を与えるという認識から始まりましたが、その概念は次第に広がり、植物や生態系の健康も含むようになりました。
つまり、人間以外の動物、人間、植物、そしてそれらを取り巻く環境の健康は互いに密接に結びついており、どれか一つが損なわれると、ほかにも影響が及ぶと考えられています。
「ワンヘルス」という考え方は、こうした相互関係を持続的に考慮していくことを目的としています。
歴史と進化
こうした健康同士の密接なつながりという考え方は、最近になって生まれたものではありません。古代にはすでに、ヒポクラテスが人間の健康と周囲の環境との関係について記しています。彼は、空気、水、土壌といった環境が、人々の健康や幸福に影響を与えることを観察していました。
ヒポクラテスの提言の一部は、その後、住民の健康に適した都市や宮殿の建設地を選ぶ際や、医師が新しい土地で診療を行う際に治療方法を適応させるための指針として活用されました。
18世紀になると、新ヒポクラテス主義や公衆衛生の概念が広まり、人間の健康を考えるうえで、生活環境や周囲の環境を重視する考え方がさらに強まりました。
そして1855年には、人獣共通感染症という言葉が作られました。これは、動物から人へ、また人から動物へと感染する病気を指します。
20世紀に入ると、技術発展によって環境的側面が軽視される傾向も見られました。しかし1986年、健康増進に関する第1回国際会議の成果として採択された「オタワ憲章」において、健康と環境のつながりが改めて重視されるようになりました。
2004年、「ワンヘルス(ひとつの健康)」という概念が登場しました。
この概念は、その後、世界保健機関(WHO)、国連食糧農業機関(FAO)、世界動物保健機関(WOAH)、国連環境計画(UNEP)によって構成される専門家グループ「ワンヘルス ハイレベル専門家パネル(OHHLEP)」の取り組みによって、より明確に定義されていきました。
さらに2023年には、国連総会がこの枠組みを正式に認め、「ワンヘルス」とは、人間、その他の動物、植物、そして生態系をひとつにつなぐ考え方であることを確認しました。
「人間、家畜や野生動物、植物、そして環境全体(生態系を含む)の健康は、密接につながり合い、相互に依存している。」
— ハイレベル専門家パネル(OHHLEP)による定義
この定義は、植物や生態系の健康を組み込んでいる点で、従来の健康観とは異なっています。つまり、単なる「人間と動物の関係」を超えた視点へと広がっているのです。この決議文では、世界的な健康危機が「長年かけて得られてきた開発の成果を後退させ、2030アジェンダの達成に向けた進展を妨げてきた」と明確に指摘されています。
そのため現在では、「ワンヘルス」の考え方は、持続可能な開発目標(SDGs)を達成するために不可欠なものとされています。とりわけ、目標3「すべての人に健康と福祉を」を実現するには、陸の豊かさを守る目標15や、海の豊かさを守る目標14を維持することが欠かせないと考えられています。
2023年3月27日、国連のFAO、UNEP、WHO、WOAHの4機関は、「ワンヘルス」に関する初の共同グローバル行動要請を発表しました。
この呼びかけでは、各国政府や関係者に対し、「ワンヘルス」という考え方を、国際レベルから各国、さらには地域社会での実践に至るまで、具体的な政策として行動に移すよう求めています。
この取り組みは行動計画にもとづいており、その中の一章は環境問題に特化しています。特に、プラスチック汚染や有害物質による汚染が、人間を含むすべての生き物に共通の影響を及ぼしていることを踏まえ、そのリスクが直接取り上げられています。
ワンヘルス計画の目的とは?
FAO(国連食糧農業機関)、UNEP(国連環境計画)、WHO(世界保健機関)、WOAH(世界動物保健機関/旧OIE)の4機関によって推進される「One Health Joint Plan of Action」は、現在、いくつかの相互補完的な目標を掲げています。
- パンデミック、人獣共通感染症、薬剤耐性、水や食料に関わるリスク、生態系の劣化など、地球規模の健康課題を予防すること。
- これまで縦割りで機能してきた異なる分野間の連携を強化すること。
- 生き物のバランスと両立する、持続可能な健康のあり方を実現すること。
この行動計画は、こうした目標を実現するための骨格となるものです。特に、より持続可能な保健・食料システムの構築、世界的な健康リスクへの対応強化、ガバナンスの改善、そして生態系への配慮を重視しています。
その目的は、単に危機に対処することだけではありません。生産、監視、予防、意思決定のあり方そのものを変革していくことにあります。
なぜワンヘルスアプローチを採用することが重要なの?
動物の健康、人間の健康、そして環境の健康:これらはすべて互いにつながっている
たとえば、化学汚染は生態系を弱らせる可能性があります。弱った生態系は、生物同士の関係性を変化させます。そして、その新たな関係性が、感染症や食料、安全性、有害物質に関するリスクを高めることがあります。 問題を個別に切り分けて考えると、共通する根本原因を見落としてしまいます。しかし、原因同士のつながりを理解することで、より効果的な解決策への道が開かれます。
ワンヘルスの考え方が重要なのは、人間を「生きものの中心」に置くのではなく、「生きもの同士のつながりの一部」として捉え直す点にあります。人間は、その複雑な生命のネットワークに依存していながら、その全体像をまだ十分には理解していません。
地球上には、およそ800万〜1000万種の生物が存在すると推定されています。しかし、そのうち記載・確認されているのはわずか20%程度にすぎません。そう考えると、それぞれの生物が持つ知識や遺伝的多様性、生物間の相互関係や依存関係について、私たちはまだほとんど知らないと言えるでしょう。 人間の健康もまた、こうした無数のつながりが交差する地点に存在しているのです。
海から見る「ワンヘルス」
20年以上にわたり海洋生物多様性や環境変化の研究に取り組んできたタラ オセアン財団にとって、「ワンヘルス」を語ることは、単なる概念ではなく、実際に感じ取れる現実です。特に、プラスチック汚染をテーマにした探査プロジェクト(タラ号地中海プロジェクト、タラ号ミッション・マイクロプラスチック)や、陸と海をつなぐ環境における化学汚染物質を調査する「タラ号ヨーロッパプロジェクト」などの探査は、生きものとその環境との複雑な関係性を明らかにすることに貢献しています。
「ワンヘルス」という概念は一見シンプルに見えますが、その背後には、きわめて複雑な生命のつながりが存在しているのです。
私たちは、海の健全性に依存しています
海の健康は、人類が健康に生き続けるために欠かせない条件です。酸素の生産、気候の調節、水循環の維持など、海が果たしている役割は、私たちが生きるために必要な地球環境の非生物的要因*を形づくっています。
海の視点から見ると、「人間、家畜や野生動物、植物、そして生態系の健康は密接につながり、相互依存している」という定義は、より慎重に理解する必要があります。
ここでいう「相互依存」を、完全に対等な依存関係だと捉えるのは誤解につながります。実際には、人間の健康は生物群集**の健康に依存しており、さらにその生物群集は、生息環境***つまり、それを構成する生物種、とりわけ最も脆弱な種も生きていける環境条件の維持に依存している、という現実があります。
しかし、その逆は成り立ちません。私たちは海の健康に依存していますが、海の健康が私たちに依存しているわけではないのです。海の健康は、むしろ私たちが海に与えている損傷を止められるかどうかにかかっています。たとえば、気候変動による海水温上昇、化学汚染、プラスチック汚染、海洋酸性化、さらには漁業圧や沿岸生態系の破壊といった、生物群集への直接的なダメージなどが挙げられます。
つまり、公衆衛生は環境の健康、とりわけ海の健康を切り離して考えることはできません。そのためには、人間中心的な視点から抜け出し、「健康」を人間だけのものではなく、あらゆる生きものと共有する共通の財産として捉え直す必要があります。
*非生物的要因:生物ではないものの、生物の生存に影響を与える環境要因。温度、太陽光、土壌の湿度、地形、化学成分などを含む。
**生物群集:ある環境(生息環境)の中で、繁殖、捕食、共生、寄生、片利共生などを通じて相互作用しながら共存する生物(動物・植物・菌類・細菌など)の集まり。
***生息環境:非生物的要因によって特徴づけられる物理的環境。
「私たちは海の健康に依存しています。しかし、海の健康が私たちに依存しているわけではありません。海の健康は、私たちが海を傷つける行為をやめられるかどうかに大きく左右されます。
この違いは、とても重要です。
それは私たちに、「支配する」という考え方から、「責任を持つ」という考え方へ移行することを促しているのです。」|
タラ オセアン財団
ワンヘルスには、どのような分野が関わっているの?
ワンヘルスのアプローチには、人間医学、獣医学、疫学、生態学、微生物学、毒性学、公衆衛生学、農学、気候学、海洋学、社会科学、法学、経済学、地域計画、公共政策など、多様な分野が関わっています。
この学際的な多様性こそが、OHHLEP(One Health High-Level Expert Panel/ワンヘルス・ハイレベル専門家パネル)の活動の中心にあります。OHHLEPは、異なる分野のあいだに共通言語をつくり出すことを目指しています。重要なのは、単に専門知識を並べることではなく、それらを連携させて機能させることなのです。 これは、20年以上にわたり海洋生物多様性や環境変化を研究してきた タラ オセアンの探査活動にも通じています。タラ オセアンは、科学的観測に加え、政策提言、教育、アート、啓発活動を横断的に結びつけています。 「ワンヘルス」という極めて複雑な概念を理解するには、科学だけでは十分ではありません。もちろん、確かな科学的成果と、それを支える普及・コミュニケーション・政策提言は不可欠です。しかし、生きものの世界に対する私たちの理解には限界があります。 だからこそ、私たちはある種の謙虚さを受け入れ、アートや人文・社会科学、さらには生きものとの新たな倫理的関係性に支えられた、別の世界の捉え方にも目を向ける必要があるのです。
ワンヘルスのアプローチは、何を本当に変えるの?
一滴の水の中にも、プラスチック片や目に見えない汚染物質、あるいは微小なプランクトンの中にも、すでに私たちの未来の一部が存在しています。
海は、人類の過剰な活動の痕跡を記録しているだけでなく、化学、気候、生物多様性、健康が深く結びついていることを示す証人でもあります。
環境は、もはや単なる外部的なリスク要因として捉えられるべきではありません。それは、私たちが共有する安定性の土台なのです。 タラ オセアンは、海を守ることは、私たちの身体的・精神的・社会的な健康、そして生命を支える大きな循環そのものを守ることにつながる、という考えを掲げています。
それは、科学的であり、政治的であり、同時に非常に人間的な立場でもあります。
ワンヘルスは、私たちに視点の転換を促します。
健康とは、病院、畜産、農地、海といった領域ごとに切り分けられたものではありません。それは、生きていて、共有され、もろく、相互につながった世界なのです。
危機を予防する以上に、ワンヘルスは、より公正なかたちで世界に生きる方法を選ぶことを意味しています。現実を直視し、方法論を持ち、「いきものを守ることは、私たち自身を守ることでもある」という確信のもとに。
ワンヘルスを実践するうえで、どのような課題があるの?
第一の課題は、還元主義に陥らないワンヘルスの考え方を共有することです。特に、人間中心主義に偏りすぎる危険性は大きく、それは「人間の健康」をほかの生きものと対立するものとして捉えてしまい、ワンヘルスの本質そのものを否定することにつながります。
次は、具体的な実践です。ワンヘルスを守る必要性については、多くの人が容易に合意できます。しかし現実には、予算、制度、指標、職種、政策判断などは依然として分断されています。本来なら単独では解決できない問題に対して、異なる行政機関が別々に対応している状況が続いているのです。 だからこそ、分野横断的な協力が不可欠になります。そのためには、時間の確保、データ共有、明確なガバナンス、そして共通目標が必要です。
第二の課題は、科学的な問題です。私たちは、いのちの世界についてまだほんの一部しか理解していません。2026年時点で、海洋生物種として「WoRMS(世界海洋生物種登録)」に登録されているのは約24万2千種ですが、これは海に存在すると考えられる種の約15%にすぎません。このペースでは、すべての生物を記録し終えるまでに何世紀もかかるでしょう。環境DNAやAIの研究によって調査速度の大幅な向上は期待されていますが、たとえ「生物目録」が完成したとしても、それだけでは個体差や、生物多様性を形づくる相互関係までは理解できません。 そのため、私たちには謙虚さと慎重さが求められます。十分に理解できていない世界を管理するには、「予防原則」の文化が不可欠なのです。
第三の課題は、政治的な問題です。タラ オセアンにとって、野心的な戦略とは、予防と予防原則を軸に、プラスチック汚染や化学汚染への対策、化石燃料由来の排出削減、沿岸生態系の回復、破壊的な資源採取活動の抑制、さらにはジオエンジニアリングへの厳格な監視を組み合わせることを意味します。つまり、統合的なアプローチは、それが具体的な選択、時に厳しい選択へと結びつかなければ意味を持ちません。そしてそれらは、私たちの社会経済モデルそのものに関わる問題なのです。
タラ オセアンは、「予防」と「予防原則」を結びつけることこそが、野心的なワンヘルス戦略を実行に移す原動力になると考えています。
覚えておきたいポイント
- ワンヘルスとは、人間の健康、動物の健康、植物の健康、そして生態系の健康を結びつけて考える統合的なアプローチです。
- ワンヘルスは、人獣共通感染症、薬剤耐性、食料リスク、さらに気候変動・化学汚染・プラスチック汚染による影響を予防するうえで、重要な考え方となっています。
- 2023年、国連はこのアプローチを正式に認めました。現在は、FAO(国連食糧農業機関)、UNEP(国連環境計画)、WHO(世界保健機関)、WOAH(世界動物保健機関/旧OIE)の4機関が、「One Health Joint Plan of Action」を通じて国際的に推進しています。
- ワンヘルスの実践には、人間医学、獣医学、生態学、農業、公衆衛生、公共政策など、多分野の連携が不可欠です。
- 海の視点から見ると、ワンヘルスは「私たちは健全な生態系に依存している」という、しばしば忘れられがちな事実を思い出させてくれます。
- 20年以上にわたり海洋生物多様性や環境変化を研究してきたタラ オセアンにとって、「グローバルヘルス」を語ることは単なる概念ではありません。プラスチック汚染から化学汚染に至るまで、陸から海へとつながる環境の中で、科学調査を通じて実際に観察されている現実なのです。