なぜサンゴは、長いあいだ科学者たちを悩ませたの?

石のように硬く、植物のように枝分かれし、動物のように生きている・・・サンゴは、長いあいだ「生きもの」の分類に収まりきらない存在でした。何世紀にもわたり、学者や医師、博物学者、収集家たちは、漁師たちが海底から持ち帰るこの奇妙な赤い物質の正体を明らかにしようと試みました。植物なのか? 鉱物なのか? それとも、その中間に位置する生きものなのか? サンゴが動物であることがはっきりと認められるようになるのは、18世紀になってからのことでした。
サンゴをめぐる科学の歴史は、単なる生物学上の発見の物語ではありません。それは、ヨーロッパ社会が海をどのように捉え、生きものをどのように分類し、自然の変化や変容をどのように解釈してきたのか、そして古代から受け継がれてきた知識が、観察や実験、そして近代的な海洋生物学へと徐々に置き換えられていった過程を物語っています。

サンゴ―2000年にわたる科学の謎

神話に由来する起源:メドゥーサの血と、石化した海藻

古代において、サンゴはまず神話の世界に属するものでした。オウィディウスの『変身物語』第4巻では、ペルセウスとアンドロメダの物語を通じて、サンゴの不思議な起源が語られています。海獣からアンドロメダを救い出した後、ペルセウスはメドゥーサの首を海藻の敷き詰められた場所に置きました。すると、ゴルゴンの石化の力によって、海藻がサンゴへと変わったというのです。

この詩的な物語は、古代の人々が特に不思議に思っていたある現象を、想像力豊かに説明したものでした。それは、サンゴ海の中では柔らかそうに見えるのに、空気に触れると硬くなるという現象です。つまり、この神話による「変身」の物語は、ある意味で自然を観察した結果を物語として表現したものでもあります。サンゴは、石化した海草となり、水の世界から石の世界へと移り変わった植物として捉えられたのです。

こうした考え方は、その後も古代の文献の中に受け継がれていきます。テオプラストス、プリニウス(大プリニウス)、ディオスコリデスらは、サンゴを植物であると同時に鉱物でもあるような、曖昧な存在として記述しています。

「石の木」「リトファイト(石植物)」「石化した植物」、さらには「リトデンドロン(石の木)」・・・

サンゴには、こうしたさまざまな名前が付けられました。

これらの名前はすべて、サンゴを説明することの難しさを物語っています。サンゴは枝のような形をしていて、海の中で成長する。それなのに、石のような硬さを持っているのです。

ペルセウスとアンドロメダ、ジョルジョ・ヴァザーリ 1570年

植物から石へと変じたもの:古代および中世におけるサンゴの捉え方

西洋の歴史において長いあいだ、サンゴは「元素」の理論を通して解釈されてきました。当時は、水から空気へ移ることが、物質そのものの性質が変化することだと考えられていたのです。海の中では植物であるサンゴが、空気にさらされることで鉱物へと変化すると考えられていました。

この考え方は、中世になっても受け継がれます。サンゴは、薬草書や医学書の中で「シンプリア(simple)」、つまり治療に用いられる天然の物質のひとつとして扱われました。 サンゴを粉末にしたり、護符やロザリオとして身につけたりしながら、人々はそこに魔除けや治療の力があると考えていたのです。

こうした利用法には、「類似の原理」という考え方も関係しています。ミシェル・フーコーは、著書『言葉と物:人文科学の考古学』(Gallimard, 1966)でこの考え方について論じています。これは、ある物質の外見や性質と、そこから想定される効能を結びつけるものです。 サンゴは硬くなり、乾燥し、石のようになることから、湿気を吸収する「乾燥剤」と考えられました。また、赤い色をしていることから血と結びつけられ、出血を抑えるために用いられたり、身を守る護符として身につけられたりしました。

このように、サンゴは単なる自然物ではありませんでした。薬であり、貴重な素材であり、象徴であり、信仰の対象でもあったのです。 その価値は、希少性だけでなく、その不思議な性質にも見いだされていました。

ルネサンス、海が生み出す驚異

ルネサンス期になると、印刷技術の発展によって、古代の文献が再発見され、広く読まれるようになります。サンゴに関する知識もより広く伝わるようになりましたが、それでもなお、ギリシャやローマの古典作家たちの記述を通して解釈されることが多く、サンゴは依然として「石になった海の植物」と考えられていました。 

変化したのは、サンゴに対して向けられる知的好奇心の強さです。近代初期の学者たちは、海が持つ力や豊かさ、そして奇妙な形を生み出す力に関心を寄せました。サンゴは、怪物や鉱物、植物、そしてその中間に位置するような存在までも生み出す、創造する海の象徴となったのです。 

錬金術の思想や、近代化学の黎明期の考え方に影響を受けた一部の思想家たちにとって、サンゴは物質が変化することの象徴的な例となりました。パラケルススをはじめとするその後の学者たちは、塩や水、そして物質を石化させる力の役割を重視しました。海は単なる生命の生息環境にとどまらず、物質を硬化させ、変容させ、鉱物化させることのできる、天然の実験室でもある。サンゴは、そんな海の力を象徴する存在として捉えられていたのです。

驚異の部屋に収められたサンゴ  

16〜17世紀、サンゴは「驚異の部屋(ヴンダーカンマー、Cabinet of Curiositiesー様々な珍品を集めた博物陳列室) 」の中でも特別な位置を占めていました。そこには、貝殻や化石、鉱物、異国の植物、動物の剥製、科学器具、遠い土地からもたらされた貴重品など、自然物と人工物を問わず、珍しいものが集められていました。

なかでもサンゴが好まれたのは、さまざまな境界を曖昧にする存在だったからです。植物のような姿をしていながら、石のような硬さを持ち、海の深いところからもたらされ、さらに貴重な台座に飾ることもできる。サンゴは、自然が持つ創造性、そして異なる性質が混じり合った驚くべき形を生み出す力を示すものだったのです。 

この時代には、サンゴはデンドライト(樹枝状結晶)と呼ばれるものと結びつけて考えられることもありました。デンドライトとは、木や植物を思わせる枝分かれした模様を持つ鉱物のことです。また、「金属樹」のような人工的な樹枝状結晶をつくる化学実験も、物質が姿を変えることへの人々の関心をさらに高めました。

こうしてサンゴは、科学的な対象であると同時に、美的かつ哲学的な対象にもなっていったのです。

驚異の部屋 ドメニコ・レンプス、1645年

しかし、やがてひとつの疑問が浮かび上がってきます。サンゴは、いったいどのようにして形成されるのかと。

「石化液 」:変化のしくみ

16世紀以降、とりわけ17世紀には、学者たちはサンゴがどのように形成されるのか、そのメカニズムを解明しようと試みました。空気に触れると硬くなる植物、という古くからの考えだけでは、もはや十分ではありませんでした。必要だったのは、その変化がどのような過程で起こるのかを理解することでした。 

さまざまな仮説が提唱されました。ある者は、「石化液」すなわち、生きた物質の中に入り込み、徐々にそれを石へと変えていく、鉱物や塩分を含んだ液体のようなもの、を想定しました。また別の者は、洞窟で見られる石灰質の沈殿物のように、粒子が集積することによってサンゴが形成されると考えました。 

17世紀のイエズス会士であり学者でもあったアタナシウス・キルヒャーは、鉱物粒子と塩分粒子からなる液体「succus lapidificus(石化液)」について言及しています。この液体がサンゴの柔らかな部分を徐々に侵食し、そこに取って代わることで、生きたものが石へと連続的に変化していくと考えられました。 

このようにサンゴは依然として「石化した植物」と考えられていましたが、その説明はより物質的、より物理的なものへ、そしてほとんど化学的ともいえるものへと変わっていきます。次に求められたのは、この「変身」を引き起こす原因を突き止めることでした。

自然の中でサンゴを観察する

大きな転換が起こるのは、学者たちが図書館や「驚異の部屋」を飛び出し、サンゴを実際の生息環境で観察し始めたときでした。書物から得られる知識や収集品を見るだけでは、もはや十分ではありませんでした。海岸へ赴き、漁師とともに船に乗り、採取したばかりの枝を観察し、触れ、比較し、実験する。そうした必要が生まれてきたのです。 

地中海のアカサンゴが、ここで重要な役割を果たします。漁師たちによって海から引き揚げられたアカサンゴは、宝飾品や商業用に利用される一方で、科学的な調査の対象にもなっていきました。 

1674年、植物学者パオロ・シルヴィオ・ボッコーネは、サンゴの性質についての観察記録を発表しました。彼はサンゴの成長や構造、起源に関心を寄せました。サンゴは依然として鉱物や植物として解釈されることが多かった時代でしたが、研究の方法は変わり始めていました。学者たちは、漁船の上で行われることもあった、直接的な観察に基づいてサンゴを研究するようになったのです。 

「驚異の部屋」を飛び出したことは、海洋科学の歴史における重要な一歩となりました。サンゴはもはや棚に飾られた単なる珍品ではなく、生きた状態で観察する生物になっていったのです。

パオロ・シルヴィオ・ボッコーネ、『自然の研究と観察 』、1674年

マルシーリと「サンゴの花」 

18世紀初頭、海を愛したボローニャ出身の博物学者ルイージ・フェルディナンド・マルシーリは、マルセイユでアカサンゴの観察を行いました。彼は、地元の漁師たちが持つ知識や、採取したばかりのサンゴの枝の観察を重視しました。 

彼の行った実験は有名になりました。マルシーリは、海水を満たした器の中にサンゴの枝を入れました。すると数時間後、その表面に小さな白い形が現れました。それは星形の花のように見えるものでした。マルシーリは、この観察によってサンゴが植物であることが裏付けられたと考えました。「サンゴの花」は、その生物が植物の世界に属することの証拠だと考えられたのです。 

しかし、この実験は同時に、まったく異なる解釈への道を開くことになります。

ペイソンネル:花は動物だった

マルセイユ出身の医師で博物学者でもあったジャン=アンドレ・ペイソンネルは、マルシーリの観察を引き継ぎました。彼も同じ「花」を目にしましたが、その解釈はまったく異なっていました。彼にとって、これらの白い形は花ではなく、小さな動物だったのです。 

サンゴの表面に見られる星形の小さな孔は、単なる植物の模様ではありませんでした。それは、ポリプが暮らす部屋であり、ポリプはそこから体を伸ばしたり縮めたりしながら、餌を捕らえているのです。サンゴは石化した植物ではない。石灰質の骨格をつくる、動物の群体なのです。 

この考えは、それまで受け入れられていた生物の分類を大きく揺るがしました。当初、ペイソンネルの説は、科学アカデミーをはじめとする学者たちの一部から懐疑的に受け止められました。彼は、何世紀にもわたる解釈を覆し、それまで花だと思われていたものが、実は動物だったと主張したのです。

しかし、次第に新たな観察によって、彼の考えを裏付ける証拠が集まっていきます。そして18世紀半ばには、サンゴが動物であることがついに認められるようになりました。 1833年には、「花のような動物」を意味する「花虫類(Anthozoaires)」という名称が、この歴史を象徴するように登場します。サンゴは確かに動物だったのです。ただし、科学者たちの目には、長いあいだ「花」のように見えていた動物でした。

現代のサンゴ:動物であり、群体であり、建築家

現在、サンゴは刺胞動物の仲間に分類されています。 刺胞動物には、クラゲやイソギンチャクなども含まれます。サンゴはその中でも、より詳しくは花虫類(Anthozoaires)に分類されます。多くのサンゴは、「ポリプ」と呼ばれる小さな動物が集まった群体として暮らしています。 

それぞれのポリプには、触手に囲まれた口があります。サンゴ礁をつくる多くのサンゴでは、これらのポリプが石灰質の骨格をつくります。時間をかけてその骨格が積み重なることで、サンゴ礁が形成されます。それは、驚くほど豊かな生物多様性を支える、生きた建築物ともいえるものです。 

この「群体」として生き、周囲に構造物をつくり出す性質こそが、サンゴ礁の大きな生態学的価値を生み出しています。サンゴ礁は、単なる海底の岩ではありません。小さな動物たちがつくり上げる生物による構造物なのです。そして多くの場合、サンゴは「褐虫藻」と呼ばれる共生性の微細藻類と共生しています。 

これらの藻類はサンゴの組織の中で暮らし、光合成によってサンゴに多くのエネルギーを供給します。その代わりに、サンゴは藻類に住みかと栄養を提供します。この共生関係が、石灰質の骨格の成長やサンゴ礁の健全な状態を支えているのです。

ラカーズ=デュティエ:科学・漁業・経済のはざまにあるサンゴ

19世紀になると、アンリ・ド・ラカーズ=デュティエによって、サンゴの科学的研究は新たな段階へと進みます。1864年に出版された著書『サンゴの博物学:組織、繁殖、アルジェリアにおける漁業、産業と交易』は、アカサンゴについての重要な研究書となりました。 

ラカーズ=デュティエは、サンゴという動物を記述するだけにとどまりませんでした。その解剖学や繁殖、骨格の形成、成長速度に加え、サンゴ漁の方法や規制、産業、交易にも関心を向けました。 

彼の研究は、サンゴが生物学的な研究対象であると同時に、経済的な資源でもあることを示しています。19世紀、アカサンゴは宝飾品の材料として利用され、行政機関からも注目を集めていました。サンゴについてより深く知ることは、その利用をより適切に管理し、貴重な資源を守り、商業活動を支えることにもつながっていたのです。 

このことは、自然科学の歴史が、政治・経済・社会的な背景と決して切り離されたものではないことを思い起こさせます。サンゴをめぐる知識は、漁師、博物学者、国家、商人、収集家、そして科学研究機関など、さまざまな人々や組織との関わりの中で築かれてきたのです。

アカサンゴからサンゴ礁へ:今につながる物語

2000年代以降、アカサンゴは再び科学的な関心を集めています。研究の対象は、生態や繁殖、成長、生物鉱物化、骨格の組成、さらには環境ストレスへの応答など、多岐にわたります。サンゴは、海洋生物学だけでなく、材料科学、環境史、そして生態系の保全というさまざまな分野から注目されています。 

より広く見ると、サンゴ礁は現在、重要な生態系のひとつとして認識されています。地球上でも特に生物多様性に富む環境のひとつであり、海洋全体に占める面積は限られているにもかかわらず、海洋生物の多くを支えています。 魚類、軟体動物、甲殻類、藻類、海綿動物など、数え切れないほど多くの生物が、サンゴ礁をすみかや餌場、繁殖の場として利用しています。 

しかし、その豊かさはとても壊れやすいものでもあります。気候変動による海水温の上昇、海洋酸性化、汚染、乱獲、沿岸開発、そして一部の観光活動などが、サンゴにますます大きな負荷を与えています。海水温が長期間にわたって上昇すると、サンゴと共生する微細藻類との関係が崩れ、サンゴは白化します。すぐに適した環境に戻ることができなければ、サンゴは死んでしまうことがあります。 

サンゴが生命を持つ動物であり、動かない石ではないと知ること。それは、私たちがサンゴ礁を見る目を変えることにもつながります。

科学史が教えてくれること

サンゴの歴史は、科学における「忍耐」の大切さを教えてくれます。

何世紀ものあいだ、学者たちは自分たちの目に映るものをもとに、サンゴを分類してきました。枝のような形、石のような硬さ、血を思わせる赤い色。そして、当時の知的な道具、たとえば神話、元素論、類似の原理、植物や鉱物との類推を用いて、サンゴを解釈してきたのです。 

やがて、研究の方法そのものが変わりました。学者たちは生きたサンゴを観察し、漁師とともに海へ出て、実験を再現し、顕微鏡を使い、構造や行動を比較するようになりました。こうしてサンゴは、正体の定まらない「驚異の存在」から、サンゴ礁をつくる動物の群体として理解されるようになったのです。 

しかし、この歴史は単なる過去の話ではありません。私たちが生物を名付けるために用いる言葉が、その生きものを守るための私たちの見方にも影響することを思い出させてくれます。サンゴを石や海底の飾りのように捉えている限り、その破壊はどこか遠い、抽象的な出来事に見えてしまいます。けれど、サンゴを生きた生物であり、壊れやすく、成長が遅く、そして生態系全体を支える存在として理解したとき、その保全がいかに重要であるかが見えてきます。

こうした科学的な気づきは、今日、新たな調査航海へとつながっています。そのひとつが、タラ オセアン財団による取り組みです。タラ号太平洋プロジェクトへの出航から10年を経て、科学探査船タラ号が新たなプロジェクト「タラ号サンゴプロジェクト」を現在実施しています

その中心にある問いは、なぜ、そしてどのようにして、一部のサンゴは地球温暖化に耐えることができるのか?

最終的には、もともと高い環境耐性を持つサンゴの集団を特定し、国際的な規模でのサンゴ礁保全戦略に役立てることを目指しています。

タラ号サンゴプロジェクトでのダイビング調査 © Maéva Bardy 

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